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2008年9月18日 (木)

8/18(木)

私は、母が37歳のときに生まれた。

母にとって、初めての出産。

今から、39年前、昭和44年のことです。

母は、昭和7年生まれ。

今冬、76歳になります。

私は、この秋、39歳になる。

今では、高齢出産は珍しくありませんが、(私も高齢出産です)

その当時は、危険を伴うということで、いろいろ大変だったよう

です。

でも、いろんなことを乗り越え、私を産んでくれました。

そして、母41歳のとき、2番目の子(私の妹)も、見事出産

しました。

病院からは、死を覚悟してくださいと言われたのに、私たちを

産んでくれました。

が・・・

さすが、昭和一桁生まれです。

厳しく育てられました。

というか、怖かった、ただひたすら怖かった。

いまどきの育児書のように、「褒めて育てる」なんてことは

一切なかった。

悪いことをすれば、口より手が早く、私は、叩かれまいと

母の手をよけるのだけは、うまかった。

(でも、結局、叩かれるのですが・・・笑)

もちろん、口もたち、言い返そうなんて、そんな気は

到底おこらなかった。

容赦しなかった母。

悪いことをすれば、近所中に知れ渡るくらい、怒られた。

でも、不思議と、それを恥ずかしいと思うことも、憎しみを

持つことも、全くなかった。

ただ、「お母さんになったら、優しいお母さんになろうね」と

友達同士で、よく話していた。

多分、どこの家庭も、子供は、よく怒られていたのだと思う。

うちは、特別厳しかったような気がするが

きっと、みんなそう思いながら暮らしていたのだと思う。

とにかく、よく怒られて、褒められるなんてことは全くない。

怖くて怖くて。

私は、反抗期というのが、あまりなかった。

そりゃ、心の中では「くそばばぁ」なんて、何回叫んだことか!

でも、そんなこと口にしたら、どんな目に遭うか想像しただけでも

恐ろしく、心の中で叫ぶだけ。

高校生になって、なんだか、勉強が面白くなって、成績があがり

自分で言うのも変ですが、優等生になってしまった。

(これは、当時の先生のおかげ。アメとムチを、うまく

使い分けた、素晴らしい先生でした。)

そんなときでも、いたって変わらぬ態度。

きつい言い方ではなかったけれど、成績がいいからと

おごる事のないようにというようなことを、いつも言われた。

でも、成績表に捺印するとき、母の顔がゆるんでいるのをみて

とても嬉しく感じたのは、よく覚えている。

私は、バブル期の平成2年4月に就職した。

就職活動中は、まさにバブルだったので、大変だと感じること

なく、バブルの恩恵を受けたおかげで、大手に就職。

が・・・

就職活動は楽勝、でも働くんだということに関して、全く

気持ちがついていっていなかった私。

今の人たちと違って、「何が何でも御社に!」とか

何十社もまわってとか、そういう必死な思いをしていない

ということもあったのかもしれない。

入社して、1年目の、秋ごろには、「根気のない平成2年入社」と

ことあるごとに揶揄された。

それくらい、退職者が多かった。

私も、例外なく、「辞めたい病」にかかった。

どこも同じだと思うが(今だから言える)、仕事がハード。

そして、厳しい。

責任も重い。

で、私についてくれた1年上の先輩が、かなりの意地悪。

仕事の忙しさより、その意地悪に負けてしまい、とうとう

母に「辞めたい」と言った。

入社して、半年経ったころだった。

日々、暗くなる私を見ていた母。

が、さすが、私の母。

「その、意地悪な人より、もっと仕事を覚えなさい。

いざ、辞めると上司に言ったとき、あんたに辞められたら

困るって言われたら、辞めなさい。

せっかく、大きな会社に入れたんやけん、覚えられることは

全部覚えて辞めなさい。」

会社に行くのは、苦痛だったけれど、まだ、21歳で純粋だった

私は、「しゃかりきに覚えて、仕事ができるようになったら

辞められる!」と、気持ちを入れ替えることができた。

結局、意地悪な人は、すぐに辞めてしまい、勉強するうちに

仕事も楽しくなり、結婚が決まるまで、12年間勤めた。

最近、母にそのことを話すと、「あんた、すぐだまされるけんね。」

と、あっけらかんと言ってのけた。

母にうまくだましてもらったおかげで、ハードだったけれど

仕事はとても楽しかった。

結婚が決まり、何かの折に、子供の話題になった。

私は、この時代に、自分の血を分けた子供を産むのが

怖かった。

悲惨な事件が多すぎる。

子供が、幸せを感じながら、暮らすことができるだろうかと。

何かあるのではと、おびえながら暮らすのは、あまりに酷だ。

危機管理ばかり考えるのは、私もつらい。

そして、なにより、この私が育てられるのだろうかと。

そんな思いを母に話した。

「あんたは、ちゃんと育ったろうが。」

びっくりした。

「なんもせんでいいと。あんたが、ちゃんときちんと生きとけば

それを、子供は見よるけんね。それでいいと。

贅沢は、させてやれんかったけど、あんた、曲がることなく

生きてきたやないね。」

私は、生まれて、初めて褒められた気がして、涙がぼろぼろ出た。

それと、もう、子供としてではなく、一人の女性として

一人前扱いしてくれたということに。

育児って、そうなんだと思う。

厳しく、口より手が早く、ただひたすら怖い母だったけれど

そのときは、気がつかなかったけれど、愛情でいっぱい

だったのだ。

褒めてくれることもなく、いつも怒られてばかりだった

けれど、ひねくれることもなく、憎しみを持つこともなく

怖いのに、厳しいのに、やはり母が一番で、なにかあると

頼っていた。

気がつかなかったけれど、愛情でいっぱいだったからなのだ。

育児は、育自。

子供を育てながら、自分も育っていく。

育児書や、教育に長けた専門家の言うことも大切かもしれないが

このやり方が正しくて、このやり方はよくないというのは、ないような

気がする。

ただ、ひとつ、正しいのは、愛情いっぱいであること。

そのあふれんばかりの愛情のため、親の思い込みや

よかれと思ってやることもあるかもしれない。

でも、それでもいいのだと思う。

その愛情を、そのときは気がつかなくても、子供は充分に

しっかりと受けているのだから。

まだ、私の娘は3歳になったばかり。

育児にあれこれいう、経験も何もないが、でも、一生懸命

娘と生きている。(あっ主人も・・・)

3歳児相手に、たまには感情をぶつけることもある。

でも、すぐに、2人で、抱きしめあって、にっこり。

これで、いいような気がした。

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